HOME


尾近裕幸・橋本努編


『オーストリア学派の経済学 体系的序説』


日本経済評論社

 


あとがき

 

 

 本書は、日本におけるはじめての、体系的なオーストリア学派入門を目指している。入門といっても、できるだけ内容の濃いものに仕上げたつもりである。しかしその成果がいかなる評価を受けるべきかについては、読者諸氏のご批判を仰ぎたい。
 オーストリア学派のような異端の経済学の場合、それが経済学の初学者に対してもつ意義はどこにあるのだろうか。一つには、オーストリア学派の知性が、オーストリアの首都ウィーンがもつ文化的魅力のなかに根づいているという点にあるだろう。本書の第T部は、そうした人文的・歴史的な魅力を意識して、人物像や社会・歴史的な側面からの考察を行っている。オーストリア学派のもう一つの魅力は、通常の経済学の教科書的な説明と実際の経験とがうまく整合しないと感じている人々に対して、別様な理論的説明を提供してくれるという点にあるだろう。本書の第U部は、いくつかのテーマについて、経済の現実と本質をよりよく理解する視点を示している。こうした魅力はすべて、通常の経済学の教科書とは異なるかたちで経済学に入門する道を与えている。オーストリア学派経済学を参照することによって、私たちは経済学の基本的な問題を、もう一度興味深い方法で考え直してみることができる。この「考え直す」機会を与えてくれることこそ、私たちがオーストリア学派経済学に感じる最も大きな魅力である。
 もちろん、オーストリア学派は体系的な理論をもつとはいえ、具体的な諸問題についての主張は一枚岩のものではない。政府の役割に対する考え方、銀行制度に対する考え方、「自由」概念の捉え方、主観主義という方法論に対する関心、あるいは、新古典派経済学との関係など、どれをとっても学派の内部において多様な主張がある。だから例えば、「オーストリア学派とは自由を素朴に擁護する学説である」といった具合に理解することは、まったく慎重さを欠いた誤りであろう。オーストリア学派の内部にはさまざまなバリエーションがあり、その間の拮抗関係は、さらなる知的成長を内発的に促している。本書を通じて、そうしたオーストリア学派経済学の動態と多様性が理解されるならば、私たちの研究は報われたことになるだろう。
 本書の企画は、次のような経緯で出発した。1997年に橋本が尾近にアイディアを提示したのち、2人は主として日本における若手のオーストリア学派研究者たちに、オーストリア学派経済学の体系的な教科書を作るという企画を呼びかけた。幸いにして多くの研究者たちの合意を得ることができたので、私たちは1998年5月から「オーストリア学派研究会」を開催し、その中で本書の構想を練り上げていった。その当時、日本におけるオーストリア学派研究者たちは互いにあまり面識がなく、この研究会を通じて相互に交流を深めたことは有意義であった。本書の多くの章は、この研究会における発表を通じて活発な討議と検討を経ており、その過程でより洗練された内容のものになっていった。とりわけ1998年の秋における北海道合宿や、1999年の秋における熊本合宿などは意義深いものであった。メンバーたちの旺盛な研究活動はこの研究会を盛り上げ、また大学院生や社会人の積極的な参加は、研究会の目的と意義を広げることに寄与した。私たちは今後、この研究会の成果を活かして、日本におけるオーストリア学派研究をいっそう発展させていきたいと願っている。
 最後になったが、編集者の日本経済評論社・谷口京延氏には、企画の発案当初からさまざまな点で大変お世話になった。原稿を何度も見直したために、当初の予定よりも刊行が大幅に遅れてしまったことをお詫びしたい。と同時に、私たちの作業に適切なアドバイスを頂いたことに対して、心からお礼を申し上げたい。
 なお、本書は、平成11-12年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(1) 課題番号・11630018 課題名・「経済学におけるオーストリア学派の貢献に関する研究――学派の生成から現代までの発展――」 研究代表者・尾近裕幸)の成果である。



2003
年2月

尾近裕幸、橋本 努